Insights — 成果
短期の海外研修のあと、学生はどこへ向かうか。キャリアセンターのチラシから東芝の内定まで、ある参加者の2年間
2024年夏、キャリアセンターでチラシを見てカンボジアの研修に参加した亜細亜大学の学生は、その後ニュージーランドで経営を学び、2027年4月に東芝へ入社します。一人の歩みを本人の言葉でたどり、短期の研修を交換留学・卒業論文・就職へつなぐために、大学の側が置ける「つなぎ目」を整理しました。
文:株式会社IMPACT ASIA
「研修は良かったと言ってくれる。でも、その後どうなったのかは分からない」。大学を訪ねて短期の海外研修の話をすると、担当の先生からこう聞くことがあります。
帰国後のアンケートは取れても、1年後、2年後の学生を追いかける仕組みを持っている大学は多くありません。研修が学生のその後の学びや進路にどうつながったのかは、たいてい見えないまま終わります。
2024年夏に IMPACT ASIA のカンボジアの研修「キミタビ」に参加し、2027年4月に東芝へ入社する亜細亜大学4年の松山さんの2年間を、本人の言葉でたどります。一人の事例なので、研修の効果を示すものではありません。ただ、一人の学生の中で何が何につながったかを細かく見ると、大学の側が手を入れられる「つなぎ目」がいくつか見えてきます。
入口は、キャリアセンターのチラシだった
松山さんが研修を知ったのは、大学のキャリアセンターでした。
知ったのは、たまたまなんですけど、キャリアセンターに行って、チラシを見て、あ、面白そうって思って参加しました。
迷いはほとんどなかったと言います。友人と東南アジアへ行く予定があり、その帰りに一人でどこかを回りたいと考えていた。そこにカンボジアの研修が目に入った、という順番です。
ここから言えるのは、学生の参加は、本人の強い決意より先に、学内のどこに情報が置かれているかで決まる場合がある、ということです。国際交流の窓口ではなく、キャリアセンターで見つけた。キャリアセンターを訪れた学生の目に、海外研修の情報が入ったことになります。研修の告知は国際交流の担当に集まりがちですが、キャリアの窓口にも置くと、「留学に関心のある学生」とは別の学生に届きます(後の表の1)。
研修は、留学の「理由」を変えた
松山さんは、カンボジアに行く前から、ニュージーランドへの交換留学が決まっていました。研修が交換留学のきっかけになったわけではありません。本人もそう話しています。
変わったのは、留学で何を学ぶか、でした。
勉強したくてもできないというか、そういう人たちがいるっていうことを、実体験として目で見てわかったので。(中略)もっと勉強頑張って、自分自身が稼いで、その子たちに還元できて、その子たちもお金を稼いで、勉強できるように、自立できるようになれればなっていう感じで。
ニュージーランドで選んだのは、経営です。プロジェクトマネジメント、起業家精神。理由として、松山さんはカンボジアで考えたことを挙げます。
その人たちがどうやって自立して稼げるかっていうところを考えてて、そのためには、僕自身が経営のことをまずは知ってないと、その人たちに教えることができないので。
そして、学ぶ熱の強さについて。
その交換留学先でも、勉強をしようっていう気持ちは、たぶんカンボジア行ってないと、ここまで強くなかったし。
留学先の授業では、グループでウェブのアプリケーションを開発し、発表しました。そこで本人が大きかったと言うのは、「自分一人ではできない」と知ったことでした。
数字で見ても、長い留学に出る学生は限られます。日本学生支援機構(JASSO)の調査では、2023年度に留学を始めた日本の学生など89,179人のうち、およそ64%は1か月未満の留学でした。交換留学のような長期の機会は、大学が用意できる数にも限りがあります。その少ない機会をどう生かすかは、行く前の準備に左右されます。
私たちは、ここに短期研修の一つの役割があると見ています。長期の留学の「前」に短期の研修を置くと、学生は何のために行くのかを、自分の見たものから決められる。留学そのものの機会を増やすのとは別に、留学の中身を濃くする働きです。
就職活動で語ったのは「順番」だった
松山さんは12月に帰国し、本格的に就職活動を始めました。大企業のメーカーに絞り、業界は絞らなかった。東芝を選んだ決め手は、学び続けられる環境と、社員が「働いていることにプライドを持っている」ことだったと言います。
就職活動の準備は、留学に出る前から始めていました。SPI やテストセンターの勉強は出発前から手をつけ、帰国した12月から本格的に動いています。
ニュージーランドに行くときは、だいたい就活のことはずっと頭に入ってて。
交換留学と就職活動の時期が重なる学生は少なくありません。留学の担当とキャリアの担当が、出発前に「帰国の月から逆算した準備」を一緒に示せると、学生は留学を就職活動の空白ではなく、話せる中身として持ち帰れます。
本人は、留学の経験だけでは面接で差がつかないと考えています。
留学ってたいていの大学生はすると思うんですよ。(中略)留学の話で就活をしてると、だいたいみんな同じことやってるから、だいたい同じこと言えるんですよ。
企業側のデータも、この見方と重なります。就職みらい研究所の「就職白書2025」では、新卒採用で企業が重視する項目は「人柄」92.9%、「自社への熱意」73.9%、「今後の可能性」64.9%。「海外経験」は2.9%でした。学生が面接で海外経験をアピールした割合(8.6%)のほうが高い。
海外に行ったという事実は、採用の場ではほとんど評価の対象になっていません。伝わるのは、その経験で何が動き、次に何を選んだかです。松山さんの場合、カンボジアで見たことが留学で学ぶ中身を決め、それが会社を選ぶ物差しにもなった。この順番を自分の言葉で話せたことが、人柄や「今後の可能性」として受け取られたのだろうと、私たちは考えています。
卒業論文へ:研修の問いが、研究の問いになる
松山さんはいま、卒業論文で「英語教育と経済格差」を扱おうとしています。
英語を勉強できるのは上の層で、下の層は英語が勉強できないと、得られる収入も違ってくるだろうし。
指導教員はフィリピンの大学で博士号を取った人で、その話を聞きながら、フィリピンにも調べに行く予定だそうです。
カンボジアで「勉強したくてもできない人」を見た学生が、2年後に「誰が英語を学べて、誰が学べないのか」を研究の問いにしている。研修で生まれた問いが、ゼミと卒業論文で研究の問いとして引き取られています。
この引き取りは、学生一人の努力だけでは起きにくいものです。研修で何を見てきたかを教員が知っていれば、ゼミのテーマ選びの段階で「その問いは研究にできる」と言えます。
大学の側が置ける4つのつなぎ目
大学設置基準は、学生が卒業後に「社会的及び職業的自立を図るために必要な能力」を培えるよう、大学内の組織が連携して体制を整えることを求めています(2011年4月施行の改正で置かれ、現行は第7条第5項)。キャリア支援は、キャリアセンターだけの仕事ではなく、教育課程と学生支援の全体でつくるもの、という考え方です。
海外研修は、この連携が目に見えやすい場面です。募集はキャリアの窓口、渡航の準備は国際交流、帰国後の学びは教員。担当が分かれているぶん、学生の中で経験がつながっていく様子は、どの部署からも見えにくくなります。
松山さんの2年間から、大学の側が手を入れられる場所を整理しました。どれも、新しい予算を必要としないものです。
| つなぎ目 | 時期 | 担当の例 | やること |
|---|---|---|---|
| 1 入口 | 募集期 | キャリアセンター | 国際交流の窓口だけでなく、キャリアの窓口にも研修の情報を置く |
| 2 帰国後の面談 | 帰国後1か月以内 | 国際交流・キャリアの担当 | 下の5つの問いで、次に何を学ぶかを一緒に決める |
| 3 留学の前の位置づけ | 交換留学の応募・準備期 | 留学の担当・指導教員 | 短期研修で見たことを、留学先で学ぶ科目の理由として書かせる |
| 4 ゼミ・卒業論文 | 3〜4年 | 指導教員 | 研修で生まれた問いを、研究の問いとして引き取る |
帰国後の面談では、次の5つを聞くと、研修の経験が「行った話」で止まっているか、次につながり始めているかが分かります。
| 問い | 面談での聞き方 | 松山さんの場合 |
|---|---|---|
| ① 何を自分の目で見たか | 「写真を1枚だけ選ぶなら、どの場面ですか」 | 勉強したくてもできない人たち |
| ② 何が動いたか | 「その場面のあと、何を考えていましたか」 | もっと勉強しようと思った |
| ③ 何を変えたか(変えるつもりか) | 「帰ってから、前と違うことを一つ挙げると」 | 交換留学で経営を学ぶことにした |
| ④ 次の場所で何がわかったか | 「次の学びの場で、予想と違ったことは」 | 一人ではできない。人と組むことが大事 |
| ⑤ いまの選択とのつながり | 「進路やゼミを選ぶとき、その経験は出てきますか」 | 学び続けられる会社を選び、卒業論文のテーマにした |
③から先が空いていても、面談の失敗ではありません。空いている欄を、学生と一緒に「次の半年で何をするか」として埋めればよいのです。
一人の事例を、学内の記録にするには
この記事は一人の事例です。参加した学生がみな同じ道をたどるわけではありませんし、松山さんの歩みには本人の力と、交換留学の機会という大学の制度が大きく効いています。研修だけの成果として読むことはできません。
それでも、こうした事例を集める仕組みは、大学の側でつくれます。帰国直後のアンケートに加えて、半年後・1年後・卒業前に短く話を聞く。進路が決まった学生に、研修がどこかで効いたかを一つだけ聞く。効果の測り方の全体は、海外研修の効果測定で整理しています。
最後に、松山さんが後輩の大学生に向けて話した言葉を置きます。
こいつ面白いなって思わせるためには、その面白い経験をしないといけないと思って。(中略)こいつに仕事任せられそうだなって思われる人材になるためには、そういう違った、面白い経験をする必要があると思うんで、僕はぜひお勧めしたいなと思います。
学生が「面白い経験」を次の学びにつなげられるかどうかは、帰国したあとに、誰がどんな問いを投げるかにもかかっています。
