Insights — 成果
研修中は話しかけなかった。ある大学の国際交流担当が、学生の変化に気づいた場所
カンボジアのキミタビに学生を送り出してきた大学の先生は、現地では学生にあまり話しかけず、夏休み明けの学内で変化に気づいたと言います。その話と、外国語を話す不安の研究を重ね、帰国後の学生の変化を学内で拾うための問いと記録の型を整理しました。
文:株式会社IMPACT ASIA
夏休みが明けて、キャンパスで学生とすれ違う。夏の前は、自分から話しかけてくることのなかった学生です。その学生が、向こうから寄ってきて、こちらが何も聞いていないのに、夏にあったことを話し始める。
ある大学で国際交流を担当する先生は、カンボジアのキミタビから戻った学生に、そういう形で再会しました。
向こうから、その子はあまり、そのプログラムに参加する前はですね、自分から寄ってきて話をするような子じゃなかったんですけども、向こうから寄ってきて、体験したこととか、そういったこと、僕が聞いてないのに積極的にいろんな話をしてくれた。そんな感じでした。
海外研修の成果を学内で説明するとき、私たちはつい、前後のアンケートや報告書の数字に頼ります。それは要ります。ただ、この先生の話を聞いて、私たちは、学生の変化がいちばんはっきり見えるのは、研修の現場よりも、戻ってからの何気ない場面かもしれないと考えるようになりました。
今回は、この先生への取材から、学生を送り出す側の教員が「どこで」「何を」見ていたのかを中心にまとめます。
空港から、着替えてそのまま
先生とキミタビの出会いは、数年前に代表の渡邉に会ったことでした。その夏、先生はカンボジアの現地を訪れます。
私は大学の国際交流担当をしていて、カンボジアに行く前にですね、いくつもいろいろプログラムを視察してました。
国際交流の担当者は、学生に薦める前に、送り出し先を自分の目で確かめることがあります。先生もその一人でした。そして、カンボジアでの最初の日はこう始まります。
3年前か4年前だったと思いますけれども、カンボジアの空港に着いた時に、うちの事務方の担当者から、これから先生スラムに行きます、着替えてくださいと言われて、確かあれだな、トゥクトゥクに乗せられて、空港から直接そこに行った。それが最初だったと思います。
向かった先は、プノンペンのアンドン地区です。キミタビの参加者が子どもたちと関わり、地域の人の話を聞く場所の一つです(地区の成り立ちは、キミタビの読み物「アンドン地区とは?」にまとめています)。
先生がこの取材でいちばん強く印象に残っていると話したのも、この地区での場面でした。子どもたちに抱きつかれたことです。
結構大きな子もいたんですけども、やっぱりその子たちが抱きついてきて、首の周りに手を回してくれて、抱っこした時に、想像以上に軽かったので。あとはもう、日本で子供たちが寄ってきて抱きつかれることはないので、そういった意味でも印象に残りました。
「軽い」と感じたのは「主に体のこと」だったと先生は言います。日本の日常にはない距離で人と関わることが、先生自身のいちばん強い記憶になっていました。
なぜキミタビだったのか、と聞くと、答えは短いものでした。
いや、もう実際にうちの学生がそこには参加してました。
視察の時点で、先生の大学の学生はすでにそこにいました。先生にとって現地を訪れることは、学生がいる場所を見に行くことでもあったわけです。
現地では、話しかけなかった
学生の変化を、先生はどこで見たのか。最初の答えは、少し意外なものでした。
プログラムにいた時にはあまり邪魔しちゃいけないと思って話はしなかったんですけども、夏休みが終わって、学内で参加した学生に会った時に、話をしました。その時に、とてもそれを強く感じました。
現地では、あえて距離を取った。学生がチームの中で、現地の学生や人々と向き合っている時間に、自分の大学の先生が入っていくことで、その時間が「いつもの大学」に戻ってしまうことを避けたのだと、私たちは受け取りましたが、これは先生の説明ではありません。
引率や視察で現地に入る教員にとって、どこまで学生に関わるかは、毎回悩むところだと思います。声をかければ安心する学生もいます。一方で、先生の姿が見えた瞬間に、学生の振る舞いが「学内の顔」に戻ることもあります。
今回、先生は現地では見守り、変化に気づいたのは戻ってからの学内でした。
先生が挙げた二つの変化
学生のいちばん大きな変化を聞くと、先生はまずプログラムの組み立てから話しました。
このキミタビのプログラムは、インターンシップではあるんですけれども、それと同時にですね、英語のトレーニングを前半やっていただけるところなんですね。
そのうえで、二つの変化を挙げています。
帰ってきた学生に聞いてみると、まずは英語を話すことに抵抗感がなくなったって言ってますね。それがとても印象的ですし、やっぱり戻ってきた学生が、うちの学生は大人しい学生が多いんですけれども、はっきりと自分の主張ができるようになってきたっていうのはとても驚きました。
一つ目の「英語を話すことへの抵抗感がなくなった」は、学生自身の言葉です。先生が学生から聞いたものです。
二つ目の「はっきり自分の主張ができるようになった」は、先生自身の観察です。冒頭の、自分から寄ってきて話をした学生の場面が、その具体でした。どんな言葉だったかは「はっきり覚えてません」と先生は言います。覚えているのは、話した中身よりも、向こうから来たという事実のほうでした。
参加した学生が、その後の大学生活で何を持ち帰ったかについて、先生はこうも答えています。
試行錯誤して何かを達成するとはどういうことなのかを学んだと思います。
これも先生の見立てで、学生に確かめた言葉ではありません。ただ、「話すようになった」の奥に、「やってみて、うまくいかなくて、またやる」という経験を置いている点は、送り出す側の教員の実感として受け取ってよいと思います。
「抵抗感」の正体を、研究から見る
先生の言う「抵抗感」は、外国語教育の研究では、外国語を使う場面の不安として扱われてきました。
よく知られているのが、Horwitz、Horwitz、Cope の1986年の論文です。著者たちは、外国語の授業に特有の不安を測る質問紙(FLCAS)をつくり、米国の大学で初級スペイン語を学ぶ4クラス・75人に、学期の3週目に答えてもらいました。
その結果の一部です。いずれも、不安の側の回答(同意、または否定)を選んだ学生の割合です。
| 質問紙の文(論文の英文を訳したもの) | 不安の側を選んだ割合 |
|---|---|
| 授業で、準備なしに話さなければならないとき、パニックになり始める | 49% |
| 授業で話していると、緊張して混乱する | 33% |
| ほかの学生の前で外国語を話すとき、とても人目が気になる | 28% |
| 外国語の授業で話すとき、自信がある(否定した割合) | 47% |
| 授業で間違えることを心配しない(否定した割合) | 65% |
論文は、この不安を、人と話すことへの不安(コミュニケーション不安)、試験への不安、人からの否定的な評価への恐れの三つと関わるものとして整理しています。また、学生の中には「正しく言えるまで外国語では何も言うべきでない」と考える人がいて、そうした思い込みが不安を生むとも書いています。
ここから言えるのは、外国語を話す場面で不安を感じることは、一部の学生だけのことではない、ということです。表の中で割合が高かったのは、準備なしに話す場面と、間違いへの心配の二つでした。
先生の話に戻ると、キミタビの前半の英語の時間と、その後の現地の学生とのプロジェクトは、準備なしに話す場面と、間違えても前に進まなければならない場面が続く時間だと、私たちは見ています。学生が「抵抗感がなくなった」と言うとき、それはこの二つに慣れたことを指しているのかもしれません。
ただし、注意も要ります。この研究は米国の大学のスペイン語の授業で行われたもので、海外研修の効果を調べたものではありません。今回の先生の話も、一人の教員の観察と、学生の自己報告です。「この研修で不安が下がる」とは、ここからは言えません。言えるのは、先生の見た変化を説明する言葉として、この研究が役に立つ、というところまでです。
論文は教員への示唆として、不安を抱える学生への対応には二つの道があると述べています。不安を生む場面に対処できるよう助けるか、学習の場そのものを不安の少ないものにするか。そして、どちらの道を選ぶにしても、まず教員が、外国語の不安が存在することを認める必要がある、としています。
帰国後の学内で、変化を拾うために
先生の話からは、測定とは別の「拾い方」が見えてきます。学生の変化は、報告会の発表だけでなく、廊下や研究室での何気ないやりとりにも出ます。そこで、学内で使える問いと記録の型をまとめました。先生がこの形で記録していたわけではなく、私たちからの提案です。
1. 帰国後1〜2週間のうちに、学生に聞く問い
- 夏の前と比べて、英語で話しかけられたときの気持ちはどう違うか(学生自身の言葉で)
- 現地で、準備なしに話さなければならなかった場面はあったか。そのとき何をしたか
- 間違えたまま話し続けた場面はあったか。そのあと何が起きたか
- 試してうまくいかなかったことと、次にどう変えたか
- 戻ってから、自分から誰かに話しかけたことはあったか
2. 教員の側で残す記録
| いつ | どこで | 何を見たか(事実だけ) | 夏の前の様子 |
|---|---|---|---|
| 例:9月の第2週 | 学内の廊下 | 学生のほうから声をかけ、現地のチームの話を5分ほどした | 自分から話しかけてくることはなかった |
記録は「明るくなった」「積極的になった」といった評価の言葉ではなく、誰から話しかけたか、何分くらい話したか、何の話だったか、という事実で残すと、後から読み返したときに比べやすくなります。夏の前の様子を書く欄を設けるのは、変化は比べる相手がいてはじめて言えるからです。
3. 測定と並べる
前後比較のアンケートや、ルーブリックによる評価と並べて、この記録を置くと、数字の変化に具体の場面が添えられます。学内で報告するとき、「英語を話す不安が下がった」という数字の横に、「夏の前は自分から話しかけてこなかった学生が、9月に自分から話しに来た」という一文があるだけで、聞く人の受け取り方は変わります。測定の方法そのものは、「海外研修の効果測定」に整理しています。
まだ聞けていないこと
今回の取材で、先生は最後に、この話でいちばん伝えたいことを考えてから、こう答えました。
非日常の空間で自分を磨けるってことですかね。
先生が学生に薦めたい理由として挙げたのは、日本での生活とはまったく違う暮らしに触れられること、そして現地の学生と一緒にプロジェクトを進める中で、話す力を高め、英語を使うことへの抵抗感をなくせることでした。「そういうことができるプログラムっていうのはなかなかないかな」と先生は言います。
一方で、今回は聞けていないこともあります。変化が見えた学生が何人いたのか、変化が見えなかった学生はいたのか、その変化がどれくらい続いたのか。先生が視察した他のプログラムと比べて、どこを見て判断したのか。これらは、次に話を聞く機会があれば確かめたいと考えています。
アンドン地区の変化についても、先生は話してくれました。最初に訪れた3〜4年前にはほとんどなかったお店が、今年は小さな食料品店や屋台として増えてきていた。最初の頃に抱きついてきた子どもたちは成長して、もう抱きついてこなくなった、と。地域の側がどう変わってきたのか、先生の目に何が映っているのかも、続けて聞いていきたいと考えています。
