Insights — ストーリー

卒業生が「失敗」を話す授業は、学生に何を残すか。福岡大学ベンチャー起業論で代表が見てきたもの

22歳で会社を閉じた数週間後、代表の渡邉は恩師に呼ばれ、母校の授業で「なぜ彼は失敗したのか」を1時間話しました。20年後、同じ授業の講師として立った渡邉の講義から、卒業生の失敗談を授業に組み込む意味と、学内で卒業生を招くときの設計を、研究とあわせてまとめます。

 文:株式会社IMPACT ASIA

2024年5月31日、福岡大学の教室。講義の冒頭で、代表の渡邉は学生にノートの取り方を指示しました。縦軸に満足度、横軸に年齢。真ん中に点線を引く。上は「うまくいっている」、下は「うまくいっていない」。

今日は、僕がどういう風に今この40歳を迎えているのかみたいなところを、こういうグラフを書きながら説明していくので、僕のグラフの横に、ぜひ皆さんの、多分20年ぐらいだと思うんですけど、グラフも書いてもらうと面白いんじゃないかなと思っています。 渡邉(現 IMPACT ASIA 代表)・2024年5月の講義

ライフライン、あるいは人生曲線と呼ばれる書き方です。講師の人生を聞きながら、学生は自分の20年を隣に書く。2時間の講義は、その曲線が大きく下がった場面の話から組み立てられていました。

授業の名前は「ベンチャー起業論」。渡邉自身が学生として受け、自分の人生を動かしたと話す授業です。ここでは、卒業生が後輩の前で失敗を話すことの意味を、渡邉の経験と講義の組み立てから考え、学内で卒業生を招く授業の設計に置き換えます。

「同じスタート地点の人」として話す

ベンチャー起業論には、毎年さまざまな経営者が登壇します。その中で卒業生の講師が違うのは何か。渡邉は講義の始めにこう話しています。

他の先生と僕らが何が違うかって言うと、まさに僕らも皆さんみたいに、そっちに座ってたんですね。(中略)20年前そっちに座って、起業とかしてみたいなって思ってた人間が、さあ、この20年後、皆さんの前に立って(中略)じゃあこいつ、この20年で何があったんだっていうのを、ぜひいろんな角度から皆さんにシェアしていきたいなと。(中略)スタート地点が同じ人の話であるってことなので、ぜひ皆さんの自分の人生も照らし合わせながら聞いてほしいなと思います。 渡邉・2024年5月の講義

渡邉が強調したのは、成功した人の話ではなく、同じ席から出発した人の話だということでした。そして「成功した話よりも、ほぼほぼ失敗した話を今日はしたい」とも続けています。高校1年の実力テストで、学年のちょうど真ん中の順位を取ったこと。学生起業の会社を2年で閉じたこと。コロナで売上の大半を失ったこと。

この位置づけは、研究の知見と重なります。心理学者バンデューラは、「自分にもできる」という感覚(自己効力感)を支える情報源の一つに、他の人がやり遂げるのを見る「代理体験」を挙げました。

日本の大学で英語を教えてきたマーフィーらは、年齢や経験が近く、接する機会の多い手本を「近い先輩のロールモデル(near peer role model)」と呼びました。2001年に報告された研究では、少し年上の学生4人が英語の学び方を語る8分ほどの映像を見せただけで、日本の大学生の英語学習への考え方が前向きに変わったと報告されています。

20年前に同じ席に座っていた卒業生は、学生から見て、遠い成功者よりも自分を重ねやすい相手です。渡邉が冒頭で「スタート地点が同じ」と念を押したのは、その距離を自分から縮める言い方だった、と私たちは見ています。

恩師が頼んだのは「失敗した社長」の登壇だった

この授業には、渡邉にとってもう一つの意味があります。22歳で会社を閉じて数週間後、渡邉はこの授業の教壇に立っているのです。

電話をかけてきたのは、渡邉の恩師で、1999年に始まったこの授業を担ってきた阿比留正弘先生(福岡大学経済学部の教授。2023年に逝去)でした。授業はいま、岡祐輔先生が引き継いでいます。落ち込んでいた渡邉が経緯を話すと、先生は「その話、めっちゃおもろいじゃん」と言ったそうです。

ベンチャー起業論って、みんな成功してる社長さんが話しに来て、色々経験をシェアしてくれるけど、現時点で失敗してる社長が来ることはないから。ということで「来週のベンチャーで話して」って言われたんですよ。 渡邉・2024年5月の講義

先生が出したテーマは「なぜ彼は失敗したのか」。渡邉は断ろうとしたものの、引き受けました。理由を本人はこう話しています。

こういう機会がないと、多分なんで僕は失敗したのかって、絶対まとめたりしないだろうし。一旦、自分のこの起業を整理するためにも、このオファーを受けてみようと。 渡邉・2024年5月の講義

ここで目を向けたいのは、話す側にとっての意味です。後輩の前で話すために、渡邉は自分の失敗を、筋の通った説明にまとめ直す必要がありました。「ニーズはあったが、つくる費用に見合う値段を取れなかった」。

そしてもう一つ。話し終えた渡邉が後半の講義を聞いて帰ると、登壇したのは福岡の投資ファンド、ドーガンの森大介社長でした。「前の授業で話してた子じゃん」と渡邉の話を覚えていた森社長に声をかけられ、渡邉は翌日、その会社に入ることが決まります。授業が、失敗した卒業生と、次の場所をつないだことになります。もちろん偶然です。ただ、失敗した卒業生を教壇に呼ぶという先生の判断が無ければ、その偶然も起きていません。

授業そのものが「環境と基準」になる

渡邉は、投資ファンドで働いた6年間に学んだことを「環境と基準」という言葉でまとめています。伸びたいなら、それが当たり前の人たちの中に身を置く。周りの当たり前の高さが、いつの間にか自分の基準になる。

渡邉の学生時代のベンチャー起業論も、そういう場所だったと言います。講義のあとの質問で、「周りが就職する中で、自分だけ起業するのはレールを外れる感覚はなかったか」と聞かれ、こう答えています。

僕がいた時のベンチャー起業論って、全員起業したいというやつらが結構集まってたんですね。(中略)起業を目指してないと、どんどん授業から追い出されていくっていう、めちゃくちゃ実は僕らの時は厳しすぎる授業で有名だったんですけど、授業も多分150人ぐらいからスタートして、最終的に単位取れるのが50人ぐらい。(中略)元々目指してなかったんだけども、起業を目指し出したみたいな人たちがすごい多かったんで、そういう意味では別に特殊でも、自分は特殊だとも思ってなかった。 渡邉・2024年5月の講義

起業が「特殊な進路」ではなく、周りの当たり前だった。その空気の中で、もともと起業を考えていなかった学生も起業を目指し出した。渡邉の話から読み取れるのは、授業が知識を渡す場であると同時に、学生にとっての「当たり前」を引き上げる場でもあった、ということです。

講義の中で、渡邉は今の学生にもそれを求めていました。

せっかく皆さん、このベンチャー起業論にいるんなら、ここを思いっきりレベルの高い環境に変えましょうよ、みんなで。 渡邉・2024年5月の講義

授業の中で何が「当たり前」になっているかが、学生の伸び方に効くという見立ては、どの授業にも当てはまるはずです。

2時間の講義は、どう組み立てられていたか

講義の録画を見直すと、卒業生の話を「聞いて終わり」にしない工夫がいくつもあります。学内で卒業生を招くときの参考に、取り出しておきます。

  • 最初に「持って帰れるのは1つか2つ」と言う。 全部を覚えなくていい、共感したところだけ持ち帰ってほしい、と最初に伝えている
  • 自分の曲線を書かせる。 講師の人生の横に、自分の20年を書く。話を自分の人生に引き寄せる仕掛け
  • 手を挙げさせる問いを挟む。 写真を見せて「これはどこか分かる人」、「英語で普通に外国人と話せる人」。教室の中で手が挙がる数そのものを、話の材料にする
  • 失敗の場面で、学生に聞く。 「世界に1つの結婚式、欲しくないですか。さあ、ここに欠けている視点は何でしょう」。答えを言う前に、学生に考えさせる
  • 質問の時間を長く取る。 「起業に失敗したら借金で二度と挑戦できないのでは」「日本の学生はなぜ海外の学生より学ぶ力が低いのか」といった、学生自身の不安に近い問いが出ていた

講義の冒頭で学生代表が紹介したところでは、渡邉自身も人前で話すのは「本当は苦手」と言っていたそうです。人前で話すのが得意な卒業生でなくても、こうした組み立てで補える部分は大きいはずです。

学内で卒業生を招く授業の設計表

ここまでを、事前・当日・事後の3つに分けた設計の表にまとめます。キャリア教育の授業、ゼミ、海外研修の事前学習などで、卒業生を招くときに使えます。

時期 決めること 渡邉の講義での例 学内での置き換え
事前 誰を呼ぶか 成功した経営者だけでなく、失敗した直後の卒業生も呼んだ 学生と「スタート地点が近い」卒業生を、少なくとも一人入れる
事前 何を話してもらうか テーマは「なぜ彼は失敗したのか」 成功の秘訣ではなく、うまくいかなかった場面と、その後に何を学び直したかを頼む
事前 講師にとっての意味 渡邉は「自分の起業を整理するため」に引き受けた 依頼のときに「話すことが、あなたの振り返りにもなる」と伝える
当日 学生が手を動かす仕掛け 縦軸に満足度、横軸に年齢の曲線を、講師の横に書く ワークシートを用意し、講師の曲線と自分の曲線を並べて書かせる
当日 問いかけ 失敗の理由を、答えを言う前に学生に考えさせる 講師と事前に「学生に聞く問い」を2〜3個決めておく
当日 持ち帰るもの 「持って帰れるのは1つか2つ」 最後の5分で、持ち帰る1つを書かせて回収する
事後 学生と講師のつながり 講義のあと、毎年学生からメッセージが届く 講師に連絡できる窓口を、学生に伝えておく(講師の了解を取って)
事後 授業の振り返り 記録は無い 学生が書いた「持ち帰る1つ」を集め、次の年の依頼の材料にする

講師を選ぶときの問い

  • その卒業生は、学生と「スタート地点が近い」と言えるか。学部、地元、入学したときの状況
  • うまくいかなかった経験を、言い訳せずに話せるか
  • 話の中に、学生に考えさせる問いを置けるか
  • 終わったあとも、学生からの連絡に応じられるか

まだ分かっていないこと

ここまでの内容は、一つの講義の録画と、講師本人の経験から書いています。卒業生の失敗談を聞いた学生に、その後どんな変化があったのかを測った記録はありません。講義のあとに学生からメッセージが届き、英語を始めた人もいる、と渡邉は話していますが、それが何人で、どのくらい続いたのかは分かりません。

研修の側にいる私たちにとっても、これは同じ課題です。キミタビの13日間でも、学生は発表し、フィードバックを受け、うまくいかない日を経験します。その経験をどう言葉にし、次の学生にどう渡していくか。参加した先輩が後輩の前で話す場をつくることも含めて、これから形にしていく部分です。研修の中で学生がつまずく時期の設計は「海外研修のカルチャーショックと「谷」」に、学生の自信がどこで生まれるかは「学生の自信は、研修のどこで生まれるのか」にまとめています。

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